音素材のサブスクリプションサービスについて考えてみる。その1 〜フレーズサンプリングの背景

音素材のサブスクリプションの話の前に、「サンプリング」という概念の歴史から入っていきたいと思います。そういった背景のもと「音素材のサブスクリプション」があります。まず今回はサンプリングについてです。

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サンプリングという概念の変化

実のところ、僕自身サンプリングという行為や言葉さえ使わなくなって久しく、今の若い世代のクリエイターの人達にはもしかしたら意味さえ通じないかもしれない「サンプリング」という行為。

今回の記事で言うサンプリングとは「フレーズサンプリング」のことを指します。フレーズサンプリングとはレコードなどから曲の一部分をサンプラーに録音してリユースするものです。ヒップホップがこの手法を使ったジャンルの代表格ですね。Daft Punkの大ヒット曲「One more time」もエディ・ジョーンズの「More spell on you」からのサンプリングなのは有名な話。

レコードなどからサンプリングすると、欲しくない部分の音も取り込まれるため、使い勝手が悪い時もあります。もちろんこれが「マジック」として作用する時もあり、ドラムを使うはずが薄っすらと漏れているボーカルが楽曲のアイコンになる時もあります。

職業作家の救世主、サンプリングCD

ここで問題となってくるのが著作権の問題です。人のレコードを録音して再利用する行為なので、同意がなければ明らかな著作権侵害にあたります。そうなってくると、職業的にサンプリングをする人たちにとってフレーズサンプリングはリスクしかありませんでした。その結果「著作権フリーのサンプリング用CD」が続々と発売されます。

これは、ジャンルや楽器に特化したもので、「アフリカンボイス」とか「インディアンフレーバー」「シネマティックストリングス」みたいなタイトルが多く、その名の通りアフリカンボイスのフレーズや雄叫びのみが収録されていたり、インドのシタールのみ、タブラのみと、フレーズが「パーツ化」されて収録されているのが特徴です。

シンセサイザーでは表現できない「人間っぽさ」を著作権侵害の心配もなく、手軽に表現できるようになりました。雄叫び一発のためにアフリカから人を呼ぶ必要もありません。

サンプリングCDの使い勝手

というように、予算をかけずに簡単に民族性やヒューマニックなエッセンスを導入することができるようになったメリットもあれば、当然デメリットもあります。

サンプリング用のCDをサンプラーに録音、楽曲のテンポにサンプルのテンポを合わせるのはピッチの高低で調節していました。もちろんピッチも変わってしまうので「フレーズは良いんだけどこの曲には使えない」というケースも多々有りました。とにかくテンポとピッチの両方を合わせるのは至難の業でした。

曲に合わせてにて「なんか違う、、、」となれば、また一からやり直しです。でもその作業自体にクリエイティビティがあったのも事実です。サンプラーによって音質も変化するため、同じ素材を違うサンプラーで試すこともありました。

僕が気に入っていたサンプラーはensoniq社のサンプラーでした。サンプリングするだけで音が太くなり存在感が増すというマジックが生まれます。ほかにもザラザラとした質感になるサンプラーや、リズムマシーンと一体になっているものもありました。僕が持っていた機材の半分以上はサンプラーでした。中でもASR-10は海外から取り寄せて買うくらいベタぼれしたサンプラーです。

名機 ensoniq社のサンプラーASR-10。上がアメリカ(117V仕様)、下がロシア(230V仕様)から購入したもの。

サンプルスライスソフトPropellerhead「ReCycle」の登場

これがどういったものかというと、サンプルのアタック部分で分割してくれて、それをサンプラーに転送してくれるソフトです。今で言う「サンプルチョップ」を簡単にやってくれるソフトです。

サンプラー側で出来なくもないのですが、結構大変な作業でした。しかも、チョップしてもサンプルの長さは変わらないので、テンポを落とすとチョップしたサンプルとサンプルのあいだに「空白」が生まれてしまします。

ReCycleはこの空白にチョップしたサンプルをリバースさせリリースを付加することで埋めることができるのです。この機能によりピッチを落としたり曲のテンポを変更しても自然と繋がるようになりました。ひとつのチョップに対しノートが割り当てられ、このノートの順番を変えることでフレーズを入れ替えることが可能になりました。

ReCycleに問題があるとすれば、サンプラーとの接続がうまくいかなかったり。サンプラーへの転送時にサンプラーが「固まる」ことが時々ありました。これはSCSIというUSBの元祖みたいな規格があるのですが、これがとてもセンシティブで、カスケード(数珠つなぎ)の順番や最終段にターミネーターを入れる・入れないで認識されないといったトラブルも続出していました。

自宅ではうまく機能していたのに、外スタジオに持ち出したら認識されず、半日潰してしまった、なんていうということもありましたね。。。

ループシーケンサー「ACID」の誕生

そんな大変なピッチとテンポの調整の問題を解決してくれたのがSonic foundry社 ACIDです。

ACID(アシッド)は、米Sonic Foundry社とSony Creative Softwareが開発していたWindows用の音楽製作ソフト。現在の所有者はMAGIX社。
 ループシーケンサーのパイオニア的存在。エクスプローラー画面からアシッダイズ(専用ファイル)化されたオーディオファイルをドラッグ・アンド・ドロップするだけでテンポやキーが調整され楽曲が作成出来るという、楽器の演奏経験や音楽理論を必要としない音楽ソフトとしてDTMに新風を吹き込んだ。

Wikiより引用

アシッダイズという専用ファイルは、テンポ情報やキーなどが書き込まれたファイル形式で、このファイルをACIDにインポートするだけでその曲のテンポとキーに追従してくれるというものでした。それはそれは画期的で、サンプリング作業が楽になっただけでなく、知識や経験がなくとも楽曲を作れるようになったのです。

このACIDの登場によりサンプリングをするという概念からサンプルをインポートするという概念に変わりました。わざわざサンプラーに録音せずとも、音素材をインポートするだけで再利用できるようになったのです。

実際にこのACIDを使って映画のサントラを作ったことがあります。ロケットマン(ふかわりょう)さんと共同で映画「ピーナッツ」の曲を作ったのですが、彼がACIDを使いスケッチを作り、僕がブラッシュアップするというプロセスで仕上げました。その時にACIDを使いファイルのやり取りをして、完成まで持っていきました。

パソコンでサンプルの管理をする時代へ

ACIDが発売されたのが1997年。2001年にはAbleton社からループシーケンサー「Ableton Live」が発売されます。

僕が使い始めたのはバージョン1.5が出た2002年からです。もう18年経つんですね。。。

Ableton Liveの特徴は二つの制作画面を持ち、ひとつはタイムラインベースで制作してゆく「アレンジメントビュー」と、サンプルをグリッド状に並べセッションしているように制作できる「セッションビュー」です。このセッションビューがLiveたる所以でもあります。

タイムラインに沿った従来のアレンジメントビューで制作できるほか、Live独自のセッションビューを使えば、タイムラインの制約にとらわれない即興演奏も可能です。音楽を停止したり、制作の勢いを中断したりすることなく、Live内を自由に行き来しながらアイデアを試せます。

Ableton公式ホームページより

サンプルをLiveにドラッグアンドドロップするだけで自動的にテンポを解析してくれます。キーを検知する機能は付いていませんが、サンプルのピッチを変えてもテンポは変わりません。サンプルの途中でピッチを変えたりボリュームを変える機能も付いているので、元の素材から別のニュアンスを出すことが容易になりました。今まで何時間もかかっていたことがものの数分、いや数秒で出来るソフトが登場したのです。

そして、Liveの登場でより一層サンプリングをするという概念は薄くなりました。サンプリングというよりはただのドラッグアンドドロップですからね。そういった背景からサンプル素材はCDで管理するよりもパソコン上に置いておくほうが便利だ!という概念に変化していきました。わざわざサンプリングCDからインポートするよりもパソコンの中で整理したほうが生産性も上がります。

そういった「生産性=パソコンとの親和性」という観点から音素材をインターネット経由でダウンロードできるサービスへと移行してゆくのです。

この続きは次回へ!À bientôt.

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